千葉、埼玉県の利根川水系の浄水場で処理済みの水道水から国の基準を超える化学物質ホルムアルデヒドが検出された問題で、厚生労働省などが原因物質と断定したヘキサメチレンテトラミンは、群馬県内の産廃業者が、同県内を流れる利根川支流の
埼玉県内の化学工場が今月、処理を委託したといい、埼玉県が25日にも発表する。
この産廃業者は、ヘキサメチレンテトラミンを処理するのに十分な施設をもっておらず、中和処理などをしないままで、排出した可能性が強いという。
埼玉県などが、この産廃業者と委託元の化学工場に対し、廃棄物処理法に基づき状況の報告を求める。
埼玉県と群馬県が疑いのある工場の立ち入り検査を行うなどして、排出源を調べていた。利根川水系では、9年前にもヘキサメチレンテトラミンの排出が原因で、ホルムアルデヒドを検出している。
ホルムアルデヒド原因物質、群馬の業者が排出か : 社会 : YOMIURI ONLINE(読売新聞) (via otsune)
宮台: 僕は「”終わりなき日常”は終わった」という議論が(作家の)猪瀬直樹さんとかから出てきた時に「もうだめだ」と思ったんですね、はっきり言って。『読書人』のインタビューの時に、僕は爆笑したんです。総力戦研究所のシミュレーションの話とかしているあの猪瀬さんが、戦後と戦前の継続性について知らないはずはないわけですよね。
例えば日本には「ロジスティクス」という概念は存在しないので、レイテ島戦では90%以上が餓死している。インパール作戦でも同様ですよね。実は誰もが武器弾薬どころか水も食糧も補給もないところで戦えば作戦失敗することは知っているわけで。陸軍参謀本部の連中だって分かっているわけですけれども、極東国際軍事裁判等でそういうことは問われると、「自分には権限はなかった」とか、「今さら止められないと思った」とか、「空気に抗えなかった」とかって話になるんですよね。
これは「原発・原子力村」と人々が呼んでいるものの動きとまったく同じものであり、そこにはまったくその継続性しか存在しない。やはり敗戦のようなことがあると、これから新しい時代が始まったという議論が出てきたりとか。なにか震災があると大挙して、ポトラッチあるいは寄付、あるいはボランティア的なことが起こるということも繰り返し繰り返し今まで起こってきているのであって。この福島の原発を引き起こした震災程度のことで、「終わりなき日常が終わる」ということが、まずあり得ないんですよ。歴史的に考えてみてね。まずその歴史を勉強してきているはずの方々が、一体どういう感覚をしているんだということを、まず僕は非常に強く思いました。
大塚: だから、地震が起きた直後には「新しい日本が始まるんだ」みたいな感覚ですよね。それが結局、これも安政の地震の時と同じで、要するに日本のフォークロア(古くから伝わる風習)は、1回地震が起きたり、あと百姓一揆が起きちゃったらば、そこで1回チャラになって、そこでリセットして陸地をまたゼロに戻して、またやり直していくとなったらまたチャラですよっていうね。その繰り返しでしょう。
「日本は民主主義社会ではない」 大塚英志×宮台真司 対談全文(前)(3/7ページ) | ニコニコニュース (via burnworks)
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